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トピック「浪費図鑑」について

 

浪費図鑑―悪友たちのないしょ話― (コミックス単行本)

浪費図鑑―悪友たちのないしょ話― (コミックス単行本)

 

 

 

兼ねてから読みたいと思っていた浪費図鑑をやっとの思いで先日購入した。

なんとなく本を通販で買うことに抵抗があるうえに、地元の町には本屋が1軒も無いので仕方ない、と自分に言い訳をしていたが、あらゆる場所で話題になってるのを拝見し読みたい気持ちが募っていた。先日ついぞ手に入れてからは一気に読み進め読了してしまった。

今、再度内容を噛み砕きながら気に入った部分などを何度も読み返しているところだが、ここで私の浪費についてもお話したい。

 

浪費するということ

突然だが、皆さんにとってナニカにお金を『浪費』するということは何を表しているだろうか。この浪費図鑑では『浪費』は『愛』と言う図式で話されている。

私にとっての『浪費』は『愛』でもあり、『生きることの喜びを感じさせてくれる物への投資』だ。

常々そんな小難しいことを考えてお金を溶かしているわけではないが、改めて考えると推し君の為に投資しているわけではなく、自分のために投資している部分が多いのだ。

自分が満たされるから『浪費』してチケットを取るし、自分が欲しいから『浪費』してブロマイドを集める。何度もみたいからDVDを買うし、推し君が喜んでいるところを妄想して楽しみたいからプレボ*1に貢物を献上する。

それが結果として推し君にとっての稼ぎや人気値となっているならばそれはもうwin-winな関係だと思う。

そしてそれも言うなれば『愛』なのかもしれない。好きだから、大好きだから偉人が書かれた紙切れなんていくらでも擲って推し君をただ、ただみていたいのだ。同時に、どんな推し君も見逃したくないと思う(プライベートは別として)。

 

だからこそ「推し君の世間評価が良くなるように」「推し君にインセンティブが入りますように」と言った(私からしたらとても純粋な)理由でチケットやグッズを購入するファンが私にはまぶしくて仕方ない。

 

 

でも、それでもそんな彼女たちが「推し君のため」と言ってチケットやグッズに浪費するのが愛なのであれば、「好きだから推し君が見たい」と言う思いでチケットやグッズに浪費する私の行動も、やはり愛なのだと思う。

 

 

先日大千秋楽を迎えた東宝ミュージカル「RENT 2017」、幕間明けに歌われる「Seasons of Love」という代表的なナンバーの1節にこんな歌詞がある

「525,600分(1年)を愛で数えるのはどうだろう」(意訳です)

 

浪費女子はまさに、525,600分の時を愛で数えている人間なのかもしれない

 

 

*1:プレゼントBOXのこと